黒龍ブランドストーリー

一粒から、一滴となる日のために、
小さな苗は懸命に穂をつけ始める。

大野市阿難祖(あどそ)地頭方地区で営まれる五百万石の田植えから、およそ2ヶ月の月日が流れた。ビニールハウスから初めて外へ出た頃は、かわいらしい小さな葉を揺らす程度だった苗も、梅雨の終わりから、夏を迎える7月中旬には青年期のような稲へと成長している。大きく鮮やかな緑色の葉をぴんと伸ばしたその姿は、凛々しくもある。

今年も、刺すように暑い日差しと高い気温の夏である。稲の足元の土はカラカラに乾燥し、表面にはひび割れが見て取れる。素人目には最も水分が必要だと思われる時期であるのに、田には肝心の水は、無い。このような過酷な環境にするにはわけがある。

わざと土の水分をなくすことによって、稲は「生きる」ために必要な養分を必死で探しはじめる。その結果、根を深く、強く張るようになる。そうすることで、台風などの強い風が吹いても倒れない強い茎に育つのだ。ただ甘やかすだけでは、健康で丈夫な稲は育たない。

このように育てられる米は、日本酒の味わいや香りを決定づける重要な要素となる。優れた米と、仕込み作業があいまって、はじめて酒造りの出発点に立てるのだ。
阿難祖の生産組合では黒龍酒造が目指す「上品でふくらみのある日本酒」を仕込むのに適した酒米となるように米作りを行う。
米の育成過程で与える肥料や水分量の具合により、出来上がる米質も変わるため、毎日の天候と稲の具合を気遣いながら、田への放水と水を抜く作業を何度も繰り返す。米に含ませる水分量をきめ細やかに調整しながら、理想とする酒米に育て上げるのだ。

苗が一旦根を下ろしてからは、大げさに人の手は加えられない。つくり手は、水の出し入れ、病気や害虫の被害を受けていないかの生育チェックなど、できる限りの作業に留め、刈り取りまでは自然に委ねながら成長に気を配る。田植えから稲刈りまでの期間は、自然という環境の中で、時に厳しく、そして優しく、まるで家族のように苗と暮らすのである。

米のつくり手は言う。
「稲の声が聞きこえるんやわ。声が聞こえたら、水をいれてやったりな。」

酒蔵で酒造りを仕切る杜氏も、醪を搾る時は醪の声を聞くという。五感を研ぎ澄まし、醪の発酵の際に立ち上がる香り、醪の面、櫂入れの手の感触を身体全体で感じ取り、搾るタイミングを掴む。
一方、酒米の生産者の方々は、出穂したばかりの穂を手に取ることで、天候の変化や気温を肌で感じ取り、稲へ与える水の量等を絶妙に調整する。
「米」と「酒」。「一粒」と「一滴」。ものは違えど、自然に生きる物が相手だというところは共通している。
母親は、乳を求める幼子の声を、発声の直前に気づく。それは女性の第六感か、愛情の成せる技なのか。米と醪の声が聞こえる彼らもまた、営みとは一線を引いた行為に「感と愛」を働かせているのではないだろうか。

夏のまぶしい日光をあびて、稲は休むことなく少しずつ穂を膨らませていく。その重みで頭を垂れ初め、稲が大野の大地に吹く風に揺れる様子には感動さえ覚える。田植え以降、立派な稲に育ってくれるよう、毎日かかすことなく苗の健康をチェックし、徹底した管理を怠らなかった生産組合の方々の、苦労と努力が垣間見えるのだ。

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