ブランドストーリー

吟醸という名のもとに、自らを鍛える。

「水野酒造場吟醸」。

戦時中まで使用されていた、黒龍醸造元ラベルには、水野酒造場(吟醸)と記されている。その頃は、純粋に「吟味して醸した酒である」という自信を込めた名称であった。しかし、この吟醸という二文字は、後に深く重い意味合いを持つこととなる。

明治時代から開催されていた全国清酒品評会、全国新酒品評会は、かつて地方の酒造家たちの登竜門であり、ここで賞を獲得するということは、酒造家として全国に自分の酒の優秀さを示す絶好の機会だった。

やがて、昭和初期に竪型精米器が普及し始め、高精白の精米が可能になったことをきっかけに、各酒造家は可能な限りの精米を施した吟醸酒での出品を競うようになる。

当然、黒龍酒造も全国各地の銘醸蔵と拮抗しながら吟醸酒の研究に没頭していくことになる。その結果、おかげさまで数々の金賞を受賞。なかでも大きな出来事だったのは、「まさか商売にはならないだろう」と考えられていた大吟醸酒の市販化に成功したことだった。

昭和50年。全国に先駆けて大吟醸「龍」を発売。

「日本一高価な日本酒」として全国の愛飲家の注目を集める。

ちなみに、この年消費者の要求を受け、清酒酒造家の合意のもと制定した「清酒の原料及び製造方法の表示」制度にも大吟醸の区分はなかった。このことからも、「龍」が、いかに挑戦的大吟醸だったかがうかがえる。

以来、名目だけではなく、お客様にお飲みいただくことを第一に考えた大吟醸、純米大吟醸、吟醸、純米吟醸などの研究を重ね続ける黒龍酒造。

現在、黒龍酒造で醸される清酒の平均精米歩合は約50%。また、全製造石高における特定名称酒※の比率は85%を超えている。

※特定名称酒…一般清酒(普通酒)と区別するために設けられている清酒の分類。大吟醸酒、純米酒、本醸造酒など普通酒を除く高級酒が含まれる。